キック・アスの良いところ『原作コミックス』

キック・アスの良いところ『原作コミックス』

 原作付きの映画ですと、やはりどれだけ頑張ろうと原作のクオリティーに映画が引っ張られてしまうというのがあるかと思いました。本作、キック・アスについて言えば、勿論賛否両論あるかと思う内容のコミックスではあるのなのですが、人によっては原作の方が映画よりも面白いなんていう感想を抱く人もいるかもしれません。それだけ、リアルにこだわって書かれたヒーロー物なんですね。特にそのこだわりっぷりは笑いなどは踏襲しているもののヒーロー物への批判は映画版をはるかに超える辛辣な物でした、

映画とぜんぜん違うコミックス版『キック・アス』

 原作コミックスのキック・アスは2008年から2010年にかけて、全8冊のミニシリーズとして刊行されておりました。しかも、シリーズ第1話の発売が始まる以前から映画化が決定しており、原作と映画の制作が同時進行されていたという珍しい作品でした。そのため映画版に関して言えば原作者であるマーク・ミラーの承諾によって、製作・監督・脚本などを担当していたマシュー・ヴォーンによって、さまざまな改変が行われているのです。

改変によって生まれた原作と映画の差異

 こうした改変は、映画自体がもっとよりいっそう一般受けするために必要な物を足し、必要ないものを抜いていく作業となっております。いわば、あまりにもテーマ性が強すぎる要素を外したということですね。しかし、それゆえにこの改変の差異が原作者マーク・ミラーの作家性を際立てる結果となったのです。その差異性とは一口に言えば、正義と暴力に対する批評性の有無についてでした。

 劇場とコミックスの両方を読んだ方は既にご存知かと思いますが、映画も漫画も物語の大筋に当たる部分はあまり変わっておらず、ほぼ同じ物だと言っていいはずです。しかし、大きく違う細かいシーンがいくつもあるのです。例えば、買収に応じなかったことが原因で、マフィアに妻が殺され、職を追われた復讐として、ミンディーに殺戮の技術を叩き込み、親子でヒーローとして活躍しながら、ギャングの撲滅に励んでいたというビックダディーのバックストーリーなのですが、こちらは映画と漫画共に同じストーリーが語られてはいるのです。しかし、コミックス版の場合ですと、実はそのストーリー自体が嘘で、クレジット会社の会計士だったダディが、妻の浮気に耐え切れず赤ん坊だったミンディを釣れだして、ヒーローとして人生をやり直そうとしたという話を、終盤でギャングの拷問に耐え切れずポロッと漏らしたりするのです。ビックダディが漏らす「俺もお前と同じオタクだったのさ」の一言は非常に衝撃的で、まるで別の作品世界に叩きこまれたような印象を覚えます。また、キック・アス自体も、自分のほんとうの事を告白し、恋人が出来たりなど映画版ではずいぶんと報われておりますが、原作では、うそつき呼ばわりされ、彼女の取り巻き達にボコボコにされたりといった具合なのです。バイオレンスとユーモアで彩られている作品であることは間違いないのなのですが、ヒーロー=正義という方程式に関して非常に皮肉っている作品に、原作はなっていました。映画版はどちらかというと青春映画のようなテイストになっておりますが、原作はもっとドロドロとしているのです。ヒーローとなって有名になったはいいけれど、決して報われることがないかわいそうな人物として描かれております。

 それぞれの人物が正義のヒーローというフィクションに取り憑かれて人生がめちゃくちゃに、周りもめちゃくちゃになっているわけなのですが、それでも突き進んでいくという。ミンディ自体も嘘の過去をビックダディに教えこまれ仇を打つためにギャングを殺しまくっているわけなのですが、この暴力の多幸感と引き換えに得たものは一体何なのだと言わんばかりの差異です。

 つまり、マーク・ミラーという作家は、アメコミというジャンルの特性、そして時代性に極めて自覚的な作家なわけですね。本作『キック・アス』は、そんな彼が送り出した『ウィッチメン』や『バットマン:ダークナイト・リターンズ』以降に、アメコミで"ヒーローもの"を描く場合、避けることが出来ない『正義という名の暴力』の問題へのひとつの結論ともいえるのではないでしょうか?

全く別物だけれどもこれはこれで楽しめる原作

 映画から入った人にとってはかなりげんなりさせられるストーリーだったかもしれませんが、それだけにかなり深い内容のコミックスになっております。もし、映画版だけを見て、タダのお下劣面白いコメディーヒーローものだと思っていた人は、原作を試しに読んでみて、その考えを当たらめてみるのもいいかもしれませんね。

 なんにせよ。映画の続編が非常に悲観的に語られる以上は、こちらのコミックスの続きを楽しみに待つしかなさそうです。マーク・ミラーの原作は現在も販売されており、アマゾンなどでその作品を購入できますので、是非、お手にとってみてください